グループホームでの看取り ・・・スタッフの想い・・・

管理者 相原あや子

 前回は、グループホームで終末期の看取りを行う際の課題を述べさせていただきました。今回は、年齢、経験年数様々なスタッフの看取りに対する想いを記させていただきます。
Gスタッフ(39歳 女性)
死というものを目前にして、自分自身勉強になった。また、一緒に生活していて愛情という感情が強くなり、最後まで一緒に居たいと思うようになった。グループホーム=その方の家であり、共同生活の場である。私達は擬似家族として日々支援している中で、最期を看取らせていただくことは自然な形であると思う。ルンビニーには看護師が各ユニットに1名ずついるため、スタッフは安心して介護できる。新聞記事で、あるグループホームでの看取りの記事を読んだ。そこには看護師がいないため苦労されたようである。しかし、この記事を読んだときグループホームらしいと思った。家族での看取りのような気がした。臨終前の方を一人にしないため、また目の届く所に居てもらうため、居間(コタツの間)に移されみんなで看ていたこと。ルンビニーでは男性Kさんは一人の時が多く、居室ではテレビやラジオもつけず、Kさんは寂しくなかったのか・・・と反省する。私達にとって初めての経験であったため、そこまでのゆとりがなかったように思う。
Kスタッフ(55歳 男性)
 初めての経験で、死を迎える男性Kさんに対し、私達はどのようにすればよいのか、どのようにすることがKさんの安らぎにつながるのか、戸惑いもありましたが、精一杯のことをさせていただいたと思います。亡くなられて直ぐ、大好きだった入浴をさせていただき、Kさんはあの世できっと喜んでくれていると思います。ご家族の方からも感謝の言葉をかけていただき、本当に良かったと思いました。一緒に共同生活をした方をお見送りすることは大変辛く、悲しいことではありますが、精一杯させていただいて安らかな最期を迎えていただけるなら、スタッフにとってもやりがいのあることだと思います。
Aスタッフ(29歳 女性)
  • グループホームで看取りをすることは、ご家族の意向があればとても良いことだと思う。医療面での対処がご本人やご家族のニーズに合わせられるなら。
  • ADLが低下した場合、ご家族にも協力していただくなどして、スタッフだけに負担がかかりすぎることがないようにできたらよいと思う。
  • グループホームは、入居者の方達が豊かな時間を過ごされる場なので、あまり『看取りをするところです』という誤解をされないように、ご家族とよく話し合っておく必要があると思う。
  • 末期の方を介護するに当たって、身近に医師や看護婦がいることはとても心強い。
  • 看取りを経験することで、改めて「介護の在り方」を考えさせられ、とても勉強させられた気がする。自分が「人の最期」に関わる大切な仕事をしているんだと実感した。
Hスタッフ(22歳 女性)
 私は介護福祉士専門学校を卒業し、初めてルンビニーに就職した。女性Kさんは就職した時からおられ、お元気な時や転倒して骨折しベッドの上で生活していた時も、足も治り、またお元気になった時も、新人の私にとってとても大きな存在だった。そんなKさんの急な死はショックだった。それはグループホームだから(身近にKさんと接していたから)ショックが大きかったのだと思う。もし、大きな施設であれば、家族を亡くしたようなこんな気持ちにはならなかったのでは・・・?と思う。Kさんが亡くなられる2時間前、オムツを交換した私に、『ありがとう』と一生懸命言ってくれた。その言葉は一生忘れない。Kさんの看取りは私にとって、家族が亡くなった時のように印象的だった。でも、そこがグループホームの良い所、グループホームだから経験できるものだと思う。
 以上、4人のスタッフの様々な想いをお伝えしました。
 私は以前、訪問看護をしていました。その時も何人もの患者さんを見送らせていただきました。今回グループホームでの看取りを経験させていただいて、感情面で、訪問看護の時とは明らかに違う自分に気づきました。表現方法が適切でないかもしれませんが、訪問看護時に亡くなられた方々は100%ご家族のものなのです。でもルンビニーで亡くなられたお二人のKさんは、擬似家族として共に生活した私のものでもあるのです。これは今回看取りをさせていただいて、初めて気づいた私の感情です。他のスタッフも、私のような想いを抱いているかもしれません。Kさんとの思い出が脳裏を過ぎるたび、目頭が熱くなる日々、温かい思い出をいっぱいルンビニーに残してくださった事に感謝。
【第4回】
「頑張りまーす。」
介護スタッフ 兵頭 可奈子

 ピカピカの床、木のいい香り、何もない「ルンビニー」に私が初めて入ったのは、忘れもしない一昨年の冬でした。介護福祉士の専門学校で学びはしたものの、介護経験のない私に何ができるんだろう・・・。大丈夫なんだろうか・・・。と不安がいっぱい過ぎり、眠れない日々が何日も続きました。ところがそんな不安をよそにルンビニーの中からは入居者とスタッフの笑い声が聞こえてきました。はじめは入居者も少なかったのが、1人増え、2人増え、あっという間に9人になりました。人数が増えるたびに笑い声が増え、私でもやっていけそう、そんな気持ちになりました。

  9人という少ない人数でもやはり気の合う人、会わない人っているものです。1人1人生まれた場所、環境が違い、1人1人痴呆度が違うため、声かけの仕方、触発の仕方は皆違います。専門学校を卒業してこの1年、学校での実習とは違う「責任の重さ」を感じながら、悩んだり戸惑ったり・・・。そんな中、私の周りにいるスタッフの笑顔、そしてなんといっても入居者の笑顔に励まされながら、はや1年が経ちました。入居者の笑顔、それは私たちスタッフにとってかけがえのないものです。1階の入居者Tさんは少し耳が遠く、周囲の音が聞こえないためずっと下を向いて眠っている生活が続いていました。ところが補聴器を購入し、使用し始めたとたん、目がパッチリと開き、言葉数が増え、笑顔が増えたのです。今までのTさんとは思えないくらい活動的にもなりました。補聴器ひとつでこんなにも生活が変わるんだ、と気づかせていただきました。毎日が学びの1年といっても過言ではありません。私たちスタッフは身体的な介助をするためだけでなく、入居者1人1人が個性を発揮でき、その人らしい生活ができるよう支援していかなければならないと今、実感しています。

 「ゆったり、みんなで、楽しく」のルンビニーでもいつも笑顔でいるというわけではありません。ルンビニーでは1年の間に2人の入居者が亡くなられました。ターミナルケアについては学校では習っていたけれど、実際体験するのは初めてでした。1階にいたKさんは本当に「えっ!?」という感じでした。食堂では亡くなったKさんも含め、3人の誕生会をしていました。食堂では「おめでとう!」と歌と拍手で包まれている中、Kさんの居室では「もう危ないらしい・・」と聞かされ、私は正直パニック状態でした。その時ボランティアの学生さんのお母さんに、「みんなが何かあったのか不安がっているよ。しっかりしないと。」と言われ、ハッと我に返りました。その時の私の行動は他の入居者に不安を与えていたのかもしれない。入居者は1人じゃない、他にもいっぱいいるのだから、そう自分に言い聞かせていました。誕生会も終わり、その中でKさんも静かに息を引き取られました。居室で眠っているKさんを見て涙が溢れ出たことを今でも鮮明に覚えています。私にとってKさんはもう家族同然の存在だったんだなと、今ではそう思います。今改めて考えると、笑ったり、怒ったり、泣くことは滅多にないけれど、そうしていくうちに皆どんどん親密になり、本当の家族じゃないけれど家族に近い存在になっているんじゃないのかな?と思いました。

 最後に、1年間グループホームルンビニーで働いてみて、「痴呆」という病気の難しさを本当に実感させられました。何度も同じことを繰返し言ったり、妄想が膨らんで理解できないことを言ったり・・・。どう対応したらいいのか分からない時も多々あります。そんな時はいろいろな経験をしてきたスタッフがいつも助けてくれます。そんな優秀(笑)なスタッフからたくさん学びながら、また自分でも工夫しながら、良い支援をしていければと思います。「いい介護者になりたいなぁ」と目標を持ち、学んでいた学生の頃の気持ち、そして実際に働き始めて実感する介護職員としての誇りを忘れず、これからも頑張っていきたいです!



 
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