グループホームと仏教的癒し

医療法人ビハーラ 藤原胃腸科 藤原壽則

 グループホーム・ルンビニーでは、平成14年2月の開設以来、入居者たちの心の手当、スピリチュアルケアのために仏教的癒しを導入している。これまで数人の僧侶たちがボランティアとしてホームを訪れ、入居者たちと語り合い、お勤めなどをしてきた。

  今春から真福寺(堀江町)の僧侶・吉川弘信氏が職員としてホームに勤務するようになり、入居者たちから「和尚さん」、「和尚さん」と呼ばれ、なじみの関係作りができている。
  入居者たちの心のケアにおける吉川氏の活躍を期待している。

今思うこと

吉川 弘信


  私は今年で39歳のまがりなりにもお坊さんですが、昨年まではバリバリのサラリーマンでした。元々実家はお寺というものに縁があまりなく、お坊さんといえば、ずっと別の世界の方々と思っていたのです。

  生まれも育ちも高知で、たまたまある会社に入社し、たまたま松山に転勤になり、今のお寺の娘であった妻と知り合い結婚し、私がそのお寺を継ぐことになりました。昨年修行に行き、今年の3月に僧侶となり、たまたま藤原先生というすばらしい方とご縁をいただき、「ルンビニー」でお世話になりだしたのが、今年の4月16日からになります。

  お釈迦様が説かれた仏教の根本的な考え方は、「一切の物事は固定的な実態をもたず、さまざまな原因(因)や条件(縁)が寄り集まって成立している。」ということ=因縁生起、すなわち縁起でありますから、その不可思議なめぐり合わせに私自身が驚いている有様なのです。

  そのような経緯で、僧侶になりましたので、「お坊さん」というものを少し客観的にみることができるのかも知れないのが、今の自分のメリットかもしれません。
  私の僧侶としての願いは、「信頼される人間」になりたいということで、平たく言うと、「なんだかあのお坊さんは、坊さんらしくないかもしらんけど、一緒にいるとホッとできるね〜」と思っていただける人間になることです。それには、一旦僧侶という衣を置いておいて、私も持っていたお坊さんに対する敷居、垣根を低くすることが大切だと思うのです。

  その中で、この「ルンビニー」の家族の一員として、できることをこれから先も模索しながら、ひとりひとりの入居者さんと、お互いが向上でき、信頼できる関係を築きあげることが今のわたしの目標なのです。

  入居者さんたちはもちろん私の大先輩です。その方々の今まで生きてこられた経験、ご苦労は100%知ることはできませんが、少しでもそれを家族が知ること、分かち合うことができれば、家族の糧になることは間違いありません。人間に無駄な経験はひとつもないのですから。

 愛媛新聞に平成16年9月14日に掲載された記事を紹介します。
共に生きて −県内グループホーム拝見−
 
 「お遍路さんへ 湯茶のおせったいをさせていただきます。門を開いてご自由にお入りください」−門扉に看板が掲げてある。四国霊場五十二番札所・太山寺と五十三番・円明寺に通じる遍路道沿いに建つ「グループホーム ルンビニー」(松山市安城寺町)。時折、お遍路さんが立ち寄りノドを潤す。

  日本人になじみの深い仏教。特に四国は遍路の根付く土地だ。お経をそらんじるお年寄りも珍しくない。ルンビニーでは、この仏教による癒しを日常のケアに取り入れている。

  作務衣(さむえ)を着たスタッフが一人。真福寺(同市堀江)の若住職、吉川弘信さん(38)だ。週に3日、ヘルパーとしてやってくる。
  「お勤めじゃね。」午後のひととき、居間にお年寄りが集まってくる。乳母車を押してくる人、スタッフに支えられながらゆっくり歩いてくる人・・・。仏壇と仏像を前に、吉川さんと全員でお経を唱える。経本を目で追い、一生懸命口を動かすお年寄りたち。普段はほとんどしゃべらない人やコミュニケーションの難しい人でも、この時ばかりは違う。誰もが穏やかな表情だ。

  「信心深いお年寄りに、僧侶という存在は必要とされているのかもしれません。みんなの相談に乗れる駆け込み寺的な役割を果たしていければ」と吉川さん。事実、誰が言い始めたわけでもなく、お年寄りは吉川さんを「和尚さん」と呼び慕う。
  平均年齢84歳。「本人が希望すれば最期までみとる」という方針の下、ホームではターミナルケア(終末期看護)も試みている。医療機関との連携はもちろんだが、やはり欠かせないのが仏教の存在。既に一人、僧侶による臨終行儀によって見送った。「穏やかで安らかな最期でした」と儀式に立ち会った相原あや子施設長は振り返る。

  人生の終盤、宗教の果たす役割は大きいのだろう。「いかに生き、いかに死ぬか」。第二のわが家と称されるグループホームの挑戦でもある。
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