書けた書けたよ年賀状!

グループホーム・アショカ 管理者 五藤 恵

  T.Fさん(81歳・女性 愛称Tちゃん(本人の希望によりちゃん付けで呼ばせてもらっている))
 Tさんは一人っ子として生まれ、両親に大切に育てられました。結婚されましたが戦争で夫と死別、残念なことに子どもにも恵まれませんでした。夫も子どもも兄弟もいないという寂しい思いをされています。しかし、明るい性格で誰からも好かれ、たくさんの友人に恵まれたそうです。Tさんは元デザイナーだけあって、とってもおしゃれです。スタイルも良いし美人です。子供服のデザインをして生計を立てていたそうです。平成11年認知障害が現れ始め、週2〜3回ヘルパーを利用しながらの生活に変わりました。平成16年5月独居生活が困難になり、入院生活となりました。同年6月独居生活には戻れないことが現実だと判った親戚の方が最後まで生活出来る場所を探され、アショカに来られたのが出会いでした。Tさんには「今住んでいる所は古いため立て直すからそれまでここで生活しよう。」と説明され入居となりました。

  入居当初は涙、涙の日々でした。マンションが壊されることに対して寂しさがこみ上げていた様子でしたが、日が経つごとにアショカの生活にも慣れ、今では「私のこと洗濯ばばぁーって呼んで」と、洗濯物を干す、取り込む、たたむ事が大きな役割となっています。とてもユニークな干し方をされ、まるで洋服がダンスしているようです。あちらこちら洗濯ばさみで止めているから急な雨の時これが大変!見てるとけっこう笑えます。
 入居から半年、初めてお正月を迎えました。年賀状がきっかけとなった出来事を紹介させていただきます。

  「毎年書いてたんだ!」届いた40枚の年賀状を握りしめたまましばらく動くことが出来ませんでした。おせち料理を作ったり大掃除をしたりとお正月を迎える事だけに目を向けていた私。「ごめんTちゃん気付かなくって・・・」

  私は毎年ギリギリで焦りながらも1枚1枚メッセージを書くことに楽しみと喜びを感じています。元旦は、首をながーくして年賀状が届くのを待っています。子どもの頃からこの気持ちは同じです。今、私が認知症になって書くことを忘れていたら年賀状を書くことが出来ません。私のことをよく知ってくれている人が居てくれ、「一緒に書こう」と支えてくれたら今まで通り年賀状を書くことが出来ます。いつもの私で居られます。今からでも遅くない!Tちゃんに年賀状を渡しに行き、どうしたいのか確かめてみることにしました。

  「Tちゃん、年賀状が届いたよ。」
  「あらっ懐かしいわぁ」
  「返事どうする?」
  「私書いてないんかいねぇ」
  「書いてないよ」
  「あ〜でもねぇもういいわ、よう書かんわ」



  どうも乗り気ではないようです。

  「ちょうど今からハガキ買って来るところやけど、ついでに買っとこうか?」
  「ほう!ならついでに買っといてもらうわ」

  それきた!やっぱりそうなんだ。書きたい気持ちが伝わりました。ハガキを渡して様子を伺いました。今ひとつの表情。
  「私も今から書き物があるから良かったら一緒に書く?」
  ぱっと私の目を見て
  「いいの?なら一緒に書くわ」
  2人机に並んで書き始めました。
  「ところで何するんやったっけ?」と笑うTちゃん。
  「年賀状の返事よ」
  「あ〜そうそう」 思い出してくれました。
  「で、どこに何書けばいい?」 何をどうしたらいいのかわからない様子です。
  「ここにこの郵便番号を書くといいよ」 書く場所、書く番号を指差しました。
  「あぁ、ありがとう」 スラスラ書かれました。
  「これでいいんかいね?」 確かめの言葉です。不安なのでしょう。
  「いいよ。」という言葉を聞くと笑顔を見せてくれました。
  「で、次教えてくれる?」 住所、宛名と一つ一つ順番に伝えるととても綺麗な文字で書かれました。 アショカの住所はスタンプを押しました。

  「1枚書けた!」と書いたハガキを左上に置き一呼吸した直後、届いたハガキを手に取り、「あらっ、これ自分の名前に様をつけて書いてしまったわ。何でこんな事したんやろ?」 「これはTちゃんに届いたハガキやけんT様って書いてあるんじゃないかな?」と尋ねてみました。 「あっ、そうか!分かったわ、私アホやな、ありがとう」と笑っています。Tさんは分からない事で落ち込まず分からないことが分かった事に喜ばれます。本当にポジティブな方です。 「じゃー2枚目書こうか」 「まだ2枚目ー!」 と言いながらも書く気満々。1枚目の時と全く同じ所で同じ聞き方をされました。私も同じ言葉を掛けました。2時間同じことの繰り返しで何とか全部書けました。が、私の目元口元はダラ〜っとしていました。Tさんから 「何か疲れてるみたいよ、大丈夫?」と声をかけられました。(笑)途中「もう明日にしようか」と口にされた時があったため、本当はTさん自身もかなり疲れていたことでしょう。

  書き終えてくつろいでいる時、「あなたのお陰で書くことが出来たわ。ありがとう」 大きな涙を流されました。私も涙、「年末に書けば良かったのにごめんね」 「あれー、今、年末でしょ?」 「?・・・うん、そうよ」(この言葉を否定するのはやめました) 返事を書いて数日後手紙が届きました。電話もかかってきたり、久しぶりの会話を楽しまれました。 「何でここの住所が分かったんかなぁ」と考えるTさん。 「年賀ハガキ書いたけんかな」 「あれーっ、書いたっけ?」 「書いたよ」 「あ〜そうやったねぇ。 あははっ」 ひと笑いした後、「ところで、今誰と話してたっけ?」 電話の相手を忘れて誰だったのかを聞くTちゃん。


  忘れたり思い出したりの日々だけど忘れた時は思い出してもらえるように伝えるし、思い出せなくなった時は私たちが覚えているから、忘れても大丈夫だよ。私がご飯を炊き忘れた時、優しい言葉掛けてくれたよね。あの時私が感じた気持ちと同じような気持ちをお返しできればいいなと思います。

  今回のことで自分が自分らしく生きていくことに対してのヒントをもらったように思います。一人一人を良く知りその人らしく生きていけるよう、チームがひとつになって支援していきたいと思います。
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