「Ken Nishikiori 花めきの夕べ」・・・Mさんと聴く

グループホーム ルンビニー・アショカ 施設長 相原 あや子

 テノール歌手の錦織健さんのコンサートが松山で開催されることを新聞広告で知り、Mさんと聴きに行きたいと思いました。Mさんはルンビニーに入居されている78歳の女性の方です。平成15年4月7日に入居されたMさんは、当時介護認定要介護1でした。アルツハイマー型認知症でこの2年間で少しずつ出来ないことが多くなり、現在は要介護3です。女学校時代声楽をされていただけあって、Mさんの歌は本格的発声なのです。毎週ボランティアNさんのピアノに合わせてみんなで歌う時は、Mさんの声がひときわ心地よい響きです。Mさんは錦織健さんの歌にきっと感動されるだろう、これがMさんと聴きに行きたいと思った私の理由です。ご主人に相談しましたところ、「ぜひ連れて行ってください。」との返事をいただき、チケットを購入しました。


  6月24日19時開演。1時間前に会場に到着、先ずは併設のレストランで食事をしました。愛媛県南予地方の郷土料理’さつま汁定食’がめずらしく、2人でそれを美味しくいただきました。レストランには私たちと同じように、食事をしてコンサートへ・・・らしき人たちが大勢です。トイレも済ませ会場へ。「うわあ、これは見事!」思わず2人の口から飛び出した言葉。舞台のお花が豪華ですばらしいのです。《今回のステージは小原流のいけばなと、錦織健が競い合う、素晴らしいコラボレーションになりそうです。》とパンフレットに書かれていた意味が今納得。Mさんは華道をされていたので、私以上の感動を持たれたことでしょう。

  いよいよコンサートが始まります。ピアノ伴奏は多田聡子さんです。第1部は、「さくらさくら」、「椰子の実」、「松島音頭」と日本の曲です。Mさんも私もうっとり錦織さんの世界に引き込まれます。「すばらしい!」、「声がよく通るねぇ!」 Mさんが時々小声で感動をささやかれます。錦織さんの曲と曲との間のトークもユーモアたっぷりで、雰囲気を和ませてくれます。第1部の最後の曲はMさんの大好きな「蘇州夜曲」です。あっ、Mさんが口ずさみだした!・・・といっても小声なのです。私たちの前列の方がちょっと振り向かれました。Mさんの声が気になったのでしょう。私の心はヒヤヒヤドキドキです。でもMさんは口ずさむ程度でそれ以上声が大きくなることはありませんでした。周囲の方数人には申し訳ないと心でお詫びしつつ、そっとMさんを見守らせていただきました。Mさんなりに状況判断されていたことが私には察知できたからです。

  15分の休憩の後、第2部が始まりました。第2部はイタリアを中心とした歌曲です。「すみれ」、「いとしい女よ」、「四月」と第1部同様素晴らしい声量と情感のこもった歌声にまたまたうっとり・・・。「ええ声しとる!」、「聞きほれるねえ!」 Mさんのつぶやき。第2部の8曲が終わり、錦織さんが舞台袖に下がられましたが、拍手は鳴り止みません。もちろんMさんも感動の拍手を送っています。錦織さんは私たち観客の拍手に応えてくださり、アンコール曲を2曲歌ってくださいました。そのうちの1曲「オーソレミオ」の時、またまたMさんが口ずさみ始めたのです。Mさんの心の中は錦織さんの歌声で満たされているのでしょうね、きっと。蘇州夜曲同様、そっと見守らせていただきました。

  ルンビニーに帰る車中、「Mさん、どの歌が一番良かった?」と聞いたところ、返ってきた返事は「にしきおりさんよ。」・・・だったのです。錦織さんの名前を記憶されているんだ。このことに私は大きな感動を覚えました。「錦織さんの歌はどれも全部よかったよ。」Mさんは本当はこう言いたかったんじゃないのだろうかと想像しました。ルンビニーに帰り数分経った頃にはどこへ行ったかを言葉で説明することはできませんでしたが、Mさんの心の中は、しばし何だか心地よい空気に包まれていたのではと・・・これも私の勝手な想像です。
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