天寿を全うして

由井 幸雄

 母が亡くなった。通夜、葬儀と慌ただしかったあとには、四十九日の静かな日々が続くようになる。朝一番に廊下のカーテンを開けると、座敷のなかに柔らかい光が飛び込んでくる。祭壇に飾られた写真に向かって「お早うございます」と声を掛ける。夕方になるとカーテンを閉め、暗くなった部屋の中で「お休みなさい」と呟く。一般に四十九日は死者への法要・供養の務めとされている。しかし、毎日そんなことを繰り返していると、それは母が私の胸の中に何時までも行き続けることを確認する期間ではないかと思うようになる。

 四十九日の中陰のあと、先祖代々の墓への納骨が終わり、母は30年前に先立っていた父の傍で永遠の眠りについた。

 98歳6ヶ月、母、町子は天寿を全うしての真に穏やかな最後であった。長らく側で見守っていると、天寿はただ長生きするということだけではなく、それを全うするには周囲の人たちの適切な手助けと暖かい心配りが欠かせないものだと気づいてくる。

 米寿の祝いをしたとき、母はまだ達者であった。やがて衰えが目に付くようになってくると、私たちは自らの介護の未熟さに焦るようになる。あれこれ思案の末、グループホーム・ルンビニーに預かっていただくことになるが、正直言って古い価値感覚をも併せ持っていた私たちには、老境の親から距離を置くことは当初、些かためらいの気持ちがあった。しかし、ホームでの生活を見ていると程なくその気持ちは消えてゆくことになる。その一例を挙げてみよう。

 ルンビニーを訪ねた折、母は自室のベッドでまどろんでいる時があった。その側で母の寝顔を見ていると、食堂でのスタッフの方とお年寄りとの対話の声が聞こえてきた。お年寄りと話すのでスタッフの方の声は自然に大きくなる。対話とはいったが、お年寄りの声は聞こえてこない。その姿、様子も分からない。でも聞こえてくるスタッフの方一人だけの声が、それだけで立派な対話となり、明るく、楽しく、そして優しい響きを持って届いてくる。知らず知らずの間にその対話に聞き入っているうちに、道元禅師の"愛語よく回天の力あり”の言葉を思い出していた。そう、言葉には本当に素晴らしい力が籠もっている。おそらくベッドでまどろんでいる母の耳には、それは心地よい子守唄になっていたことであろう。

 そうした雰囲気の中で、いつしか母にとってルンビニーは安住のところとなり、家族の者以上にスタッフの方たちに親しみの心を持って、5年余りを過ごさせていただいた。息を引き取ったあとスタッフの皆さんに体を丁寧に洗い清めていただき、うっすらと化粧までしていただいて穏やかさをさらに増したその安らかな表情は、過ごしてきた5年余りのすべてを物語っていた。

 葬儀社からの迎えの車に移される前、そっと母の額に手をあててみたが、綺麗に洗われた髪の毛は予想外に柔らかく暖かい温もりをもって私の手のひらに伝わってきた。その柔らかさ暖かさも最晩年をここで過ごすことができたことへの、母の満足と感謝の気持ちの現われのように思えた。

 ルンビニーの皆様、母が大変お世話になりました。心より御礼を申し上げます。

 

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