百歳の長寿を祝う

グループホーム ルンビニー 介護職員 赤松 典子 

 平成21年、新しい年が始まってすぐの1月7日水曜日、グループホームルンビニー2F入居のK.Yさんの百歳の長寿を祝う会が催されました。スタッフ一同で用意準備した手作りのパーティーに、日頃より熱心にルンビニーに足を運んで下さるYさんのお子様家族も出席されたうえ、お孫さんが作られた特大のケーキも届き、盛大で温かい会となりました。

 ここでグループホームルンビニー始まって以来の百歳を迎えられたK.Yさんについてご紹介します。

 Yさんは明治42年1月1日生まれ。今年元旦にめでたく百歳になられました。松山の堀江に育ち、明治生まれの方にはめずらしく済美女学校をご卒業された才女です。昭和8年に結婚。4男1女の5人のお子様に恵まれ、その後ご長男夫婦と同居。お孫さんの子守りや縫い物、畑仕事に精を出されました。

 さて、普段のYさんですが、とてもユニークな方です。日頃は、お年のせいもあるのか、ウトウトと気持ち良さそうに居眠りされていることの多いYさん。が、ふと顔を上げて、「ちょっとちょっとちょっとせんせ〜い、さっきまで見えとったのに目が見えんようになった〜」と、スタッフを呼び止めます。これがいつものYさんの口グセにもなっているのですが、Yさんを安心させるような言葉を、スタッフがあれこれ考えて声かけしても、言い出したら耳に入らぬようで、しばらく「目が見えんようになった〜」が続きます。でも不思議なことに、食事のお膳の遠い所にある大好物のお芋やかぼちゃの煮物は良く見えるようで、スッと手が伸びるのです。「見えとるやん」とスタッフ一同大笑い。お茶目なYさんを垣間見る一場面です。

 ルンビニーではちょっと有名な句があるので記述します。

『知らぬ間に 90才の坂を越え 手押し車に身を任せ よちよち歩きが やっとです』

これは、Yさんが作られたもので、「私、歌作ったんよ。言うてみようか」と、今までに何度となく聞かされてきました。「いつ作ったの?」と尋ねると、「今朝作ったんよ」、また、「今思いついたんよ」と、いつも毎日が新鮮なYさん。この歌が口を突いて出て来る日は、Yさん絶好調の日で、ご飯の食べもお茶の飲みも良いのです。このお年で立派な歌を作るYさん。才女たる所以です。

 また、ハーモニカの名手でもあるYさん。十八番は(これしかないのですが笑)”くつがなる”で、「もうすぐご飯だからまた後でね」と言うまで、繰り返し吹かれます。近くに座っている他の入居者さんも手拍子で加わるなど、ちょっとした音楽会が続くのです。試しに私もハーモニカを借りて小学校の頃を思い出し、吹いてみましたが、吸ったり吐いたりの繰り返しで、意外ときついものです。恐るべし100才です。

 さらに褒め上手なYさん。スタッフを捕まえては腕を撫でながら「あんたの手はスーっとしてきれいなあ、お母さんに感謝しなさい」とか、体格のいいスタッフ(私ですが)のウエストに手を回して、「きれいに肥えとる」など、人を褒めることでスタッフを良い気持ちにさせる天才でもあります。Yさん曰く、人に褒められて悪い気はせんやろとのことです。
  そんなこんなでYさんの回りでは笑い声が絶えず、ルンビニーのアイドル的存在になっています。

 私がグループホームルンビニーでYさんと出会って1年7ヶ月。Yさんの生きてこられた100年という長い月日のほんの一瞬のかかわりの中で、介護者と言うよりも人として大事な何かを教え授けていただいたものがあるように思います。ひょうひょうとした中に優しさやユーモア、厳しさを持ち、長い人生を生きてこられた姿を見習いたくても真似できない、”人の厚み”を感じています。

 K.Yさん、百歳おめでとうございます。『知らぬ間に100才の坂を越え手押し車に身を任せよちよち歩きがやっとです』と歌の文句を変えなければなりませんね。どうぞ、いつまでもお元気で、これまでと同様、快適で笑いの絶えない生活が送れますように。より良いケアに努め、スタッフ一同精進して参ります。

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