Mさんと出会って

グループホーム アショカ 介護職員 吉田 昌代 

 Mさんと出会ったのは今から1年前のことでした。日中、目を閉じたまま全身に力を入れて泣かれる事が多く、何度も声をかけたり、何が辛いのか苦しいのか問うと「やかましい」「ばかっ」と怒っていたMさん。でもそれらすべてがうまく言葉に出来ない辛さやもどかしさを全身で表して下さっているものでした。

 私達はMさんの思いをいったいどれくらい理解できていたのでしょうか。怒っていたときのMさんは、「もう、解ってよ!」と心の中で叫んでいたのかもしれませんね。なかなか解ってあげられず、ごめんなさい。でも、私達は、Mさんの思いを少しでも理解しようとかかわる中で、怒ってくださったり、「おいしい」「おいしくない」「おはよう」などの言葉が聞けることが楽しみになり、両目を開け、穏やかな表情が見られたときは何よりも嬉しくなっていました。

 そんなMさんの体調に変化が見られてきたのは、昨年の夏頃でした。何度か発熱が見られたり、食事でのむせで吸引することが増え、水分中心の食事になってしまいました。高カロリーの物は、Mさんにとっては飲みにくく、辛そうな表情を見ていながら、栄養面と飲みやすいお好きな物とどちらを重点的に勧めるべきか迷いながらの毎日でした。段々と痩せていかれるのを見て、少しでも栄養を摂ってほしいと十分頑張られているMさんに、「頑張って、もうちょっと(高カロリーの方)飲んでみて」と勧めてしまったことを申し訳なく思っていました。

 このころから居室で過ごされる時間が多くなり、泣くことが増え、言葉を聞く機会が少なくなってきたMさん。そんなMさんにもっとできることはないか、Mさんらしい生活とはどんな事だろうかとスタッフみんなで考えるようになりました。お好きだったというモーツァルトのCDをかけたり、食べ物も紅茶やアイスクリームや果物を以前より多くとっていただきました。

 春には、徐々に血圧や脈拍が不安定になり、お好きなものも摂りづらくなっていかれました。そんななかでも、発熱があっても点滴や薬もなく回復されるMさんの強さに私達はいつも驚き励まされていました。なので体力の低下はみえてはいましたが、どこかで今回も大丈夫、回復してきてくれると思っていました。でも今まで何度も頑張られていたMさんの体力は限界にきていたのかもしれません。

 その日となる前日の夕方のことです。もうここ数日で水分が1日に100ccを切ることもあったMさんに少しでも飲みたいという気持ちがわくように、「また明日ね、明日の朝紅茶持ってくるから、飲みましょうね。」と約束をしました。Mさんは泣いていましたが、「うん。」と言って下さいました。それがMさんと交わした最後の会話でした。

 次の日の朝、あまり調子が良くない様子でしたが、私は紅茶をもって「Mさん、紅茶持って来たよ!飲もうか。」と勧めました。するとMさんは、時折片目を開けながらゆっくりと50ccも飲んで下さいました。「よかったね、良く頑張ったね。おいしかった?」と伺うと声にはならず、眉間にしわをよせて小さくうなずいて下さいました。それから1時間後に容態が急変し、その約1時間後息を引き取られました。ご自分の力で生きぬいて来られたMさんは、とても穏やかなお顔でした。

 私は、お見送りするまでの間、この約束をしたことで、最期まで頑張らせてしまったのではないか、また、もう少し早くお好きなものを多く勧めていればよかった…と考えていました。しかし、息子さんから「あちらへ逝くのに体力つけるために、50cc必要だったんですよ。最期までありがとうございました。」という言葉を頂きました。その時、旅立たれる前の最后の食事に関わらせて頂けたのは幸せなことで、少しはお役に立てたのだろうか、この約束のあとこういうことになってしまったけれど、少しでもMさんと通じ合えることができたのかなと思うことができました。

 私達は、Mさんから多くのことを学ばせていただきました。それは最期まで自分らしく人間らしく生き抜くということ、このためには、私達が日常の生活の中でいかに入居者さんの思いを汲み取り、それを実際の援助にどれだけ生かせるかが必要であるということでした。Mさんから学ばせて頂いた事を今後のケアに生かしていきたいと思います。

 Mさんお元気ですか?笑顔で過ごされていますか?そちらで大好きな物、アイスやキャラメルを食べていますか?私はまだMさんが居なくなっての寂しさが残っています。

 今まで本当に沢山の思い出と頑張りを見せて頂いてありがとうございました。もう頑張らないで、ゆっくりとモーツァルトを聞きながらくつろいだ時を過ごしてください。

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