湯灌(ゆかん)

医療法人ビハーラ藤原胃腸科
藤原 壽則

 3月26日、グループホーム・ルンビニーでUさんを看取りました。先月の「ルンビニー・アショカだより」第96号で職員の木下和子さんがUさんのターミナルケア、死後入浴、そしてUさんに対する思いを綴っています。

 当法人のグループホーム・ルンビニー(安城寺町、2002年開設)、グループホーム・アショカ(南吉田町、2004年開設)では、ご本人、ご家族が希望すれば、施設内でターミナルケアを行い、死後入浴をしていただいて、ご家族とともに入居者仲間、職員がお別れをしています。

 医療機関による「死後の処置」の習慣は、明治時代にできた「伝染病予防法」が契機になったと言われています。死体も感染源と考えられ、死体の消毒が普及したのです。現在では死体をクレゾール消毒するような医療機関は皆無でしょうが、清拭したり、アルコールで拭いたりはされています。これは死体消毒の名残のようなものですが、清拭はともかく、アルコールの臭いが残る遺体と接する家族は、まずいい気分にはならないだろうと思います。

 「伝染病予防法」が施行される前までは、死後の入浴ケアすなわち湯灌(ゆかん)が我が国では日常的に行われていました。すなわち、日本人は産湯で人生をスタートし、湯灌であの世に旅立って行ったのです。

 湯灌は、死後の入棺に先立って、その体を湯水で洗い清める儀礼です。古来、仏教において沐浴は穢れや罪を流し去る行為として重視され、中世には念仏聖などによる湯施行が盛んに行われたようです。阿含経などの経典には湯灌の儀礼の記載がすでにみられます。そこには、汚れた身体で、あの世に送るのは可哀想だという日本人の清潔思想が込められています。日本人は、現世の穢れを取り除き、綺麗な体で極楽往生したい、という「死に際の清め」に重大な意味を感じてきた民族なのです。

 Uさんの入浴に際しても、ケアスタッフたちが「気持ちよかったですか、髪も体もいいにおいですよ」と語りかけながら、湯船でゆっくりと体を温めるUさんの髪を丁寧に洗い、体を洗いました。死後の入浴は、清拭だけの場合に比べて身体が柔らかくなり、皮膚の生気も戻るため、柔和で美しい顔になる。まるで死者が湯の快感を味わったように、苦痛の表情が消え、家族は、「綺麗な身体であの世に送ることができた…思い残すことはない」といった感情も顔を出して、満足感さえ得られるお別れが実現できるのです。

 長年茶道の師範をしていたUさんは綺麗に化粧して、お好みの和服に着替えると、優しく微笑んでいるような顔が輝いていました。

 「死後の入浴」は、看取りを完結させるために欠かせないケアであり、家族と職員が一緒に湯灌をさせながら故人の人生を偲び、故人の生の完結に畏敬の念を示す貴重な時間でもあります。綺麗に死化粧をして、生前お好みだった衣服を身につけた故人を、家族や入居仲間、介護職員たちが、故人が好きだった花束で囲んだり、生前好きだった音楽を流したりしながら故人の思い出を語り合う行儀なのです。

 特別養護老人ホーム、グループホームなどの高齢者の介護施設はいま、どこも入居者が重症化してターミナル施設、終の住処の色合いが強くなってきています。しかしながら、医療経済研究機構の調査では、入居者を施設で看取るとの理念をもち、指針も含めて定めている施設は10%ほどしかないといいます。入居者が末期を迎え、いよいよ死期が近くなると、さっさと病院送りをしてしまう処遇が当然となっているのです。

 超高齢社会を迎えた今、ターミナル期を迎えた重度の要介護者や家族から「最後の入浴」を希望する声が多くなっています。一部の医療機関では本人や家族の希望を入れて「ターミナル入浴」を行うところがみられます。
  しかし、全国的にみると、湯灌やお別れ会を行って、長い人生を完成させた高齢者を敬うケアに取り組んでいる施設はまだまだきわめて少ないのです。

 美しく化粧したUさんの安心(あんじん)の表情を眺めているとき、映画「おくりびと」のシーンが思い起こされました。頑強そうな男が死後の化粧をした妻を見て「今日のお前が今までで一番美しい」と叫ぶシーンです。
  死は人生のクライマックスなのです。

参考文献
1)藤原壽則、グループホームとターミナルケア、日本医事新報、第4370号、2008年1月26日
2)露木まさひろ、日本の仏教徒は高齢者福祉をしているか、シニア・コミュニティ、2010年、3・4月号

 
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