Tさんありがとう

グループホームアショカ 介護職員 森田 優

 Tさんと初めて出会ったのは、約3年前の平成20年の1月のことでしたね。
 あの頃のTさんはいつも眉間にシワを寄せて笑うこともほとんどなく、人との接触を避けているかのように感じました。でも、認知症という病気になる前のTさんの写真を見ると、優しい顔をした美人で友人達に囲まれて穏やかに笑って写っていました。私は、Tさんの笑った顔が見たい、どうしたらTさんが笑ってくれるんだろう…とよくいつも考えていました。

 Tさんの口癖は「今治の四阪島」「帰ります」でした。Tさんは今治出身です。この言葉を聞く度にTさんは今治でどんな生活を送っていたのだろう、きっと楽しく幸せな生活を送っていたのだろうとよく想像したものです。今治からは古くからの友人もよく訪れていました。高齢になってもこのように会いに来てくれる友人を持ったTさんを羨ましく思います。

 そんなTさんも1年…2年…と一緒に生活していくうちに認知症の進行や薬の効果もありますが、以前に比べ表情は穏やかになり、スタッフの声掛けにも「おもしろい」と言って笑ったり、笑顔が増えてきました。入居者仲間たちともフロアで一緒に過ごす時間も増えて、大好きな歌「七つの子」を歌って場を盛り上げて下さいました。食事も以前よりたくさん食べるようになり少しふっくらしたTさんを見てうれしく思っていました。

 こんなTさんとまだまだ一緒に暮らしていけると思っていましたが、Tさんとのお別れはあまりにも突然やってきました。
  9月15日の深夜、Tさんは亡くなられました。私は、夜勤勤務に入っていたため、最期を看取らせていただきました。
  亡くなられてからTさんは、あれだけ帰りたくて待ちこがれた今治へ帰って眠られています。親戚の方の「やっと今治に帰れるね。」という言葉が心に残っています。

 私のいるユニット「月輪(がちりん)」では、利用者との密接な関わりを持ちながら、今その人が出来る力を引き出し、共に助け合って生活していくことを大切にしています。スタッフそれぞれが、1人1人の利用者に対して、こんな支援をしたいという思いがあります。私も、昔暮らしていた場所へ一緒に行ってみたい…等などたくさんの思いがあります。しかし、人のいのちには限りがあって、今日は元気でも明日はどうなっているのか分かりません。特に高齢になるとそのリスクも高くなります。

 後悔しないように、その日その時を大切に、その人の余生に明るい彩を添えられるような支援、関わりをしていきたいとTさんの死を通して改めて考えることが出来ました。

 最後にTさん、私のつまらない冗談を「おもしろい」と言って大笑いしてくれてありがとう。Tさんの笑った顔を見ているだけで私も顔が緩んできて幸せな気持ちになりました。
  また皆でTさんの大好きな「七つの子」を歌いますので、天国から私たちを見守りながら一緒に歌って下さいね。

 
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