父が百歳を迎えて

金平 由美子

 両親をアショカにお願いして、早六年半の歳月が流れました。父は八十九歳で脳梗塞を患って以来徐々に記憶力が低下し、娘の私のことも忘れていますが、昨年十月、ニコニコと穏やかに満百歳の誕生日を迎えることが出来ました。藤原先生をはじめ、スタッフの方々にお心のこもったお祝いの会を開いていただき、有難く感謝している次第です。

 一人っ子の私を、学生時代も結婚後も大阪に出してくれた父母の老後が気掛かりで、毎月のように大阪から帰松する生活も十五年になりました。遠距離介護が苦しみにならず、幸せな気持ちで続けられたのは、皆様に支えていただいたお陰です。戻って来ると、職員さんに「お帰りなさい!」と明るく言ってもらい、父のお茶目な笑顔を見て旅の疲れも吹き飛びました。これからも頑張りたいと思っています。

 他の入居者の方々も、先生やスタッフの皆さんの温かい見守りの中で安心して過ごされ、お元気で長生きして下さることを願っております。

 

高市さん、百歳万歳

アショカ看護職 荒木 木紀子

 私が高市眷三さんに初めてお会いしたのは昨年の春でした。九十九歳と知りとても驚いたのを覚えています。その頃の眷三さんは、天気の良い日には車椅子で中庭を散歩したり、時にはボールで遊んだり。スタッフの声かけに「はい」「そうですか」「ありがとう」「はーはー(笑)」「ほほー」といつもうれしい返事をしてくれます。お風呂も好きで、ご飯もしっかり食べられ安定し落ち着いた日々を送っておられました。

 百歳の誕生日まであと二カ月というある日、咳が出るようになり、肺炎を患ってしまいました。咳と高熱で眉間にしわを寄せとてもしんどそうです。しかし、治療を始めて一週間ほどすると咳や熱も落ち着き眷三さんの体から病気は消えていきました。そして百歳の誕生日をご家族、他の入居者様、スタッフと無事迎えることができました。病気が回復し久しぶりに車椅子に座っていただくことにした時です。「すがって」という言葉にしっかりとスタッフの首に手を回してくれた時は、とてもうれしく思いました。最近は、食欲も増し、以前の様に「ほほー」と笑ってくれます。

 眠っている時も、口元がかすかに笑っている様に思えたりもします。これからも「おじいちゃん、調子がいいみたいよ」そんな言葉が一日でも長く続きますように。

 
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