認知症とスピリチュアルケア

医療法人ビハーラ藤原胃腸科 藤原壽則

スピリチュアルケアとは

 スピリチュアルケアとは、人生の危機に直面して、心の平静を乱し、生きる意味を失い、自分を支えるものが見つからない状態にある人に寄り添って、その人らしく生きられるように援助することである。

 スピリチュアルの意味は精神の、精神的、霊的、霊魂の、魂の、心の、宗教的、超自然的、実存的などであり、更に、呼吸する、香りを放つ、生き生きとするなど生きることに関係する意味がある。スピリットとは、@肉体的器官に生命を与えるもの、A超自然的存在、B人の精神的または心の部分、C生命の力、などとされている。

 我が国でスピリチュアルケアが医学、福祉の課題として取り上げられ出したのは、1998年にWHO(世界保健機関)の理事会で、健康の定義に「スピリチュアル」を加えることが提案されてからである。現在世界で広く用いられているWHOの健康の定義は以下のごとくである。()内は理事会で加えることが提唱されたものである。

 「健康とは、身体的に病気がないとか身体が弱くないというだけでなく、肉体的にも、精神的にも、(スピリチュアルにも)、社会的にも、(ダイナミックに)完全によい状態のことである」
 (Health is a (dynamic)state of complete physical, mental, (spiritual)and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)
(whoの健康の定義、1946)

 終末期医療の場におけるスピリチュアルペインはしばしば生や死の意味と関係する。人生の意味への問い、生死観に対する悩み、何が原因でこんな病気になったのか、自分の病気は自分の罪に対する罰なのか、なぜこのような痛みや苦しみに耐えなければならないのか、なぜ神はこのような痛みや苦しみをお許しになるのか、など。

 WHOのスピリチュアルケアの定義は、以下のごとくである。
 「スピリチュアルとは人間として生きることに関連した経験的な一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である。多くの人々にとって、生きていることが持つスピリチュアルな側面には宗教的な因子が含まれているが、スピリチュアルな因子は、身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の「生」に全体像を構成する一因しとしてみることができ、生きていることに対する意味や目的についての関心や懸念に罹っていることが多い。特に人生の終末に近づいた人にとっては、自分を許すこと、他の人々との和解、価値の確認などと関連していることが多い」(WHO専門委員会報告、804号)

認知症とスピリチュアルケア

 「認知の層の下にはもう一つの感情の層があり、そこで他者との関わり方が決められることになる。この層が混乱するとアイデンティティ(自分自身)は仮面、マスクをつけた状態になる。しかし、その混乱した層のさらに奥には真の自己が猛威にさらされず無傷で残っている」

(クリスティーン・ブライデン)

 

わが国で認知症がスピリチュアルケアの観点から語られ始めたのは、2003年にオーストラリアから来日したクリスティーン・ブライデン氏の講演からだと思う。彼女は46歳のときに認知症と診断され、「私は誰になっていくの?」という自らの不安を書いた手記を出版した。キリスト教徒である彼女にとって、認知症が進むと、神を神として認識することができなくなり、祈ることもできなくなるのではないか、ということが最大の不安であった。それから5年後の来日公演では、この不安に対する答えを語ったのである。彼女の考える自己は3重の同心円のような構造である。外側から「認知する自己」「感情の存在」「スピリチュアルな自己」、そして認知症が進むにつれて、その外側の大切でないものから失われていくが、自分を自分たらしめている核である「スピリチュアルな自己」は最後まで残るとした。それはわが国でも古くから言われている「ぼけても心は生きている」と共通する心境ではないだろうか。

 認知症の人が抱える困難の本質は、認知症の症状や生活上の不便ではなく、自分自身が自分でなくなってしまうといった根源的な不安や人生の意味の喪失にある(エリザベス・マッキンレー)。

 クリスティーンと対話を重ね、彼女の不安や悩みに耳を傾け、自分で答えを見いだせるように質問し、提案した。その後クリスティーンは認知症の人達と「生きる意味」を問う対話を5年感に亘って重ね、「スピリチュアル回想法」として方法化し、学習教材をまとめている。

スピリチュアルケアへのアプローチ

 認知症の人の抱える不安を理解する
 喪失感、怖れや希望を分かち合う
 人生の意味を与えているものについて話し合う

A)存在、傾聴
 先ず、クライエントの傍らに寄り添うことである。
そして、クライエントの話に、一つずつ「そうですね」、「なるほどね」とうなずきながら耳を傾ける。

B)タクティールケア
 タクティールとはラテン語のタクティス(takutisst)に由来し、「触れる」という意味。
 筋肉や深い組織を刺激するマッサージとは異なり、手足や背中などを柔らかく包み込むように決められた動きで、皮膚を刺激する。スウェーデンでは、認知症だけでなく、がんの緩和ケア、未熟児ケアなど様々な分野で活用されている。

 クライエントと術者のコミュニケーションを深くする
 穏やかさと安心感をもたらす
 認知症のBPSDを緩和する
 身体認識の向上を促す
 QOLの向上

C)音楽療法(ブンネ)
 ピアノに合わせて季節の歌や懐かしい歌をうたったり、楽器を奏でたり、歌に合わせて体操をしたりする。

D)アロマテラピー
 昼間、夜間の一定時間、その時々の雰囲気に合ったエッセンシャルオイルを選び、アロマポットで焚く。香りによる心地よい刺激が、クライエントの心を落ち着かせ、明るくする効果がある。表情が和やかになる。

 ラベンダー 神経の高ぶりを鎮め、怒りを和らげる。
 イランイラン 心をリラックスさせ、いらいらや不安を緩和する。
 ペパーミント 頭をすっきりさせる。
 レモン 気分を明るくし、脳の活性化を活性化。
 その他、ゼラニウム、サンダルウッド、ベルガモット、ネロリ、スイートマジョラムなど。

E)回想療法
 7〜8人のグループで、過去を共有し、認め合うことで、心の安定を取り戻す。
 アメリカの精神科医によって始められた心理療法。脳リハビリテーションや心の安定をはかるために、多くの病院、施設に導入されている。

参考文献
1)クリスティーン・ボーデン著、桧垣陽子訳、私は誰になっていくの、クリエイツ加茂川、2003年
2)クリスティーン・ブライデン著、馬籠久美子訳、私は私になっていく、クリエイツ加茂川、2004年
3)エリザベス・マッキンレーら著、馬籠久美子訳、認知症のスピリチュアルケア、新興医学出版社、2010年
4)川村雄次、スピリチュアルケア、CLINICIAN−認知症が拓く新時代−、No.598、vol.58、2011

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