わが国で認知症がスピリチュアルケアの観点から語られ始めたのは、2003年にオーストラリアから来日したクリスティーン・ブライデン氏の講演からだと思う。彼女は46歳のときに認知症と診断され、「私は誰になっていくの?」という自らの不安を書いた手記を出版した。キリスト教徒である彼女にとって、認知症が進むと、神を神として認識することができなくなり、祈ることもできなくなるのではないか、ということが最大の不安であった。それから5年後の来日公演では、この不安に対する答えを語ったのである。彼女の考える自己は3重の同心円のような構造である。外側から「認知する自己」「感情の存在」「スピリチュアルな自己」、そして認知症が進むにつれて、その外側の大切でないものから失われていくが、自分を自分たらしめている核である「スピリチュアルな自己」は最後まで残るとした。それはわが国でも古くから言われている「ぼけても心は生きている」と共通する心境ではないだろうか。
認知症の人が抱える困難の本質は、認知症の症状や生活上の不便ではなく、自分自身が自分でなくなってしまうといった根源的な不安や人生の意味の喪失にある(エリザベス・マッキンレー)。
クリスティーンと対話を重ね、彼女の不安や悩みに耳を傾け、自分で答えを見いだせるように質問し、提案した。その後クリスティーンは認知症の人達と「生きる意味」を問う対話を5年感に亘って重ね、「スピリチュアル回想法」として方法化し、学習教材をまとめている。
スピリチュアルケアへのアプローチ
認知症の人の抱える不安を理解する
喪失感、怖れや希望を分かち合う
人生の意味を与えているものについて話し合う
A)存在、傾聴
先ず、クライエントの傍らに寄り添うことである。
そして、クライエントの話に、一つずつ「そうですね」、「なるほどね」とうなずきながら耳を傾ける。
B)タクティールケア
タクティールとはラテン語のタクティス(takutisst)に由来し、「触れる」という意味。
筋肉や深い組織を刺激するマッサージとは異なり、手足や背中などを柔らかく包み込むように決められた動きで、皮膚を刺激する。スウェーデンでは、認知症だけでなく、がんの緩和ケア、未熟児ケアなど様々な分野で活用されている。
クライエントと術者のコミュニケーションを深くする
穏やかさと安心感をもたらす
認知症のBPSDを緩和する
身体認識の向上を促す
QOLの向上
C)音楽療法(ブンネ)
ピアノに合わせて季節の歌や懐かしい歌をうたったり、楽器を奏でたり、歌に合わせて体操をしたりする。
D)アロマテラピー
昼間、夜間の一定時間、その時々の雰囲気に合ったエッセンシャルオイルを選び、アロマポットで焚く。香りによる心地よい刺激が、クライエントの心を落ち着かせ、明るくする効果がある。表情が和やかになる。
ラベンダー 神経の高ぶりを鎮め、怒りを和らげる。
イランイラン 心をリラックスさせ、いらいらや不安を緩和する。
ペパーミント 頭をすっきりさせる。
レモン 気分を明るくし、脳の活性化を活性化。
その他、ゼラニウム、サンダルウッド、ベルガモット、ネロリ、スイートマジョラムなど。
E)回想療法
7〜8人のグループで、過去を共有し、認め合うことで、心の安定を取り戻す。
アメリカの精神科医によって始められた心理療法。脳リハビリテーションや心の安定をはかるために、多くの病院、施設に導入されている。
参考文献
1)クリスティーン・ボーデン著、桧垣陽子訳、私は誰になっていくの、クリエイツ加茂川、2003年
2)クリスティーン・ブライデン著、馬籠久美子訳、私は私になっていく、クリエイツ加茂川、2004年
3)エリザベス・マッキンレーら著、馬籠久美子訳、認知症のスピリチュアルケア、新興医学出版社、2010年
4)川村雄次、スピリチュアルケア、CLINICIAN−認知症が拓く新時代−、No.598、vol.58、2011
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