新春マジックショウ

医療法人ビハーラ藤原胃腸科 藤原 壽則

  ケースからティッシュペーパーを1枚ずつ取り出して細長く裂いていく。7〜8枚裂いてテーブルの上に山盛りに盛る。どんぶりを取り上げ、中が空であることを客に見せる。ティッシュペーパーの山をどんぶりに入れ、水差しから水をどんぶりにたっぷりと注ぐ。割り箸でかき混ぜ、できたうどんをすくいだして、客に見せながら美味しそうに食べます。

 年明けに、グループホーム・ルンビニー、デイサービスセンター・ビハーラ、認知症予防・求聞持塾などの入居者、通所者の皆さんにマジックを楽しんでいただきました。
 マジックを初めて7年になります。この間、E新聞社のカルチャー教室・マジックコース、通信教育で学んでいます。マジック用具はインターネットで購入していますが、専用の部屋に入りきらない数になっています。学んだマジックは鏡台の前などで繰り返し練習し、家族に見せてその出来具合を確かめます。カードマジック、ロープマジックから人体浮揚まで、100余のマジックが演じられるようになりました。最近では、地域の老人会の行事、老人施設、デイサービスセンターなどからの依頼で、高齢者たちの集まりでマジックを演じています。

 マジックの歴史は古く、エジプト、メソポタミア、インド、中国などで人類の文化の発祥とともに誕生しました。演目の1つ「カップ アンド ボール」は古代エジプトの4000年以上前と推定される洞窟壁画に描かれています。娯楽としてのマジックが誕生したのはタネ仕掛けと手先の早業が進歩してからとされています。「カップと玉」は、カップの中に小石などを入れて、観客の前で現したり消したりするマジックで、2千数百年も前に演じられたものですが、現在も演じられています。14世紀の末になると、カードマジックが登場し、大衆の娯楽として隆盛を極め、脚光を浴びてきます。18世紀にいたると多くのマジシャンが現れ、その社会的地位も次第に認められてきます。19世紀には近代奇術の父と呼ばれるロベール・ウーダンが機械、電気力を応用し、科学マジックを確立しています。演者の服装に燕尾服を着用するなど、演出法にも工夫が凝らされ高い基本と豪華絢爛たる舞台で演じられるようになりました。マジックはとみに賑わい、優秀なマジシャンが続々と現れてきます。弾丸受けのヘンリー・アンダーソン、笑う生首のトーマス・とーびん、人体浮揚のハリー・ケラー、胴体切り術のハワード・サーストンなどが有名です。彼らは次々と新しいマジックを考案し、大衆から絶大な支持を得ました。

 我が国におけるマジックの歴史は、奈良時代に唐から仏教とともに伝来したといわれています。当時は私たちが考えるレクリエーションマジックではなく、呪術、祈祷、予言、まじない、千里眼といったもので、不思議な現象はすべてマジックとしていたようです。古い文献では、弘仁12年(821)「星朝事苑」、康平元年(1058)「新猿楽記」、などがあり、「遊芸紀元」には、「天正19年瀬川伝之条が四条河原で手品を見せ物として興業す」と書かれています。手品の書として現存する最も古いものは、元禄12年(1699)の「続神仙戯術」で20種類のマジックを集めています。1716年の「からくり訓蒙鑑草」では、機械を活用したマジックが紹介されています。日本のマジシャンとしては徳川4代将軍の前で演じた都右近、1800年代の佐竹仙太郎の「つづら抜け」、柳川一蝶斎の「うかれ蝶」などが脚光を浴びました。明治に入ると、初代松旭斎天一が彗星のごとく現れ、西洋大奇術を公開し、日本古来の「水からくり」に改良を加えて「水芸」を完成しています。この頃から奇術の興業は全盛期を迎え、マジシャンも続々登場します。戦後、二代目の天勝も世界各地を巡り、日本独特の芸、「滝の白糸」、白紙で作った蝶を舞わせる「胡蝶の舞」などで一世を風靡しました。昭和初期にはマジック研究家やアマチュアのマニアが続々と登場します。戦後、アマチュアマジックの楽しさが人気を呼び、いろいろな同好会や研究会が発足しました。著名人の中にもプロさながらの功績、テクニック、実力を持つ人物があります。中でも江戸川乱歩(推理小説)、河野洋平(政治家)、萩原朔太郎(詩人、作家)、多胡輝(心理学者)などのマジックが知られています。

 マジックには、手先の器用さで人の目を欺くもの、しかけを用いるもの、科学や数学の理論を応用したものなど、その種類は無数にあります。科学が著しく発達した現代では、全ての現象が起こって当たり前という感覚でとらえられてくるようになっています。OA機器を使うマジックなど、マジックも大がかりなものでないと驚きがなくなってしまう傾向にあります。しかし、マジックには、見せる側と見る側の一体感から生まれる、本当の喜びと触れ合いがあるのです。マジックは老若男女共通で楽しめ、初めて会った人や言葉の通じない外国人でもコミュニケーションが取れ、演じる人と見る人が楽しさを共有することができます。何気なくハンカチやコインを取り出して、見ている人をあっと驚かせる、不思議の世界へと導き、歓喜させる、そんな演技を求めてマジックを続けてゆきたいと考えています。

 
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