【第百七十二話】 お米の話し

法寿院 水崎圭二

以前に生飯(さばと読む)について書いたことがある。

本山での修行時代にあったことじゃ。食前に必ずお経を読む、そして、ご飯を少し皿に取り分ける。それを食後に裏庭の草むらに撒いてお経を読むんじゃ。餓鬼は、薄暗い、じめじめした所にいるという。つまり餓鬼に施す法ということで、施餓鬼法という。そして、そのご飯のことを生飯と書いて「さば」と読む。

ある時、行者の我々は、そのお経をさぼってしまった。

『施餓鬼のお経は、読んだか?』 師匠が問う。

『はい、読みました。』 ちょっととまどいながら答える。

『さばの経は、読んだか?』

『はい』

『さばは、よんだか?』

『・・・はい・・・』

嘘をついて、ごきかすことをさばをよむというが、私はこの語源は、ここからきたものだと今でも確信している。ハッハッハッ。これを久しぶりに仏教青年会発足五十周年の記念誌に書いた。そこで、もう少し深くお米のことを調べてみた。

日本の稲作は、諸説あるようじゃが、およそ3500年前の縄文時代に始まったとされている。米作りの起源は約7000年前のインドや中国南部で始まり朝鮮半島を経て、九州に伝来したとされる。稲作ができるようになると、食料を蓄えることができるようになり、急激に人口は増えていった。米作りは、多くの人手を必要とし、大人数で作業した方が効率的なことからグループが形成され、リーダーが生まれた。それが、大きくなって村となり、やがて国となっていったんじゃな。稲作が生活の中心となってくると、人々は豊作を神々に祈るようになった。日本の祭りや芸能の発達は豊穣の祈りと深く結びついているんじゃ。そして、米は税金代わりに権力者に納められ、大名の力も石高で表されるようになっていった。つまりは、米が日本という国を作っていったということじゃ。

米とは、八十八と書く。米寿とは、88歳の祝いで、昔は、まさに葬儀は紅白幕で花を散らしての御祝いじゃった。これは、お百姓さんが一粒の米を作るために88回も手をかけるということ。精進とは、米偏に青、そして進むと書く。88回も手をかけたけれども、まだ青い実しかならない、もうひとつ進めよ、ということじゃ。精進には、終わりがないんじゃな。百姓とは、百(たくさんということ)の姓(豪族が氏の下につけた称号)、古代では、「もろもろの姓を有する公民」という意味らしいんじゃが、米作りにおいては、百の様々な仕事をこなす者ということじゃ。つまりは、一粒の米を作るためには、とんでもない苦労があるということじゃ。昔から一粒のお米には七人の神様が住んでいるという。あなたの残したそのご飯、いったい何粒ありますかな?