【第百八十七話】 ベトナムの風A

法寿院 水崎圭二

ホーチミンから1時間も走れば、見渡す限りの田んぼや畑が広がっている。道の両側には、バナナと椰子の木が続いている。共産党の独裁政権であるから、農地は、基本的に国ものであり、農民は、20年間借用という形で耕作している。広がった田畑の中にぽつんぽつんと家があり、その近くにまたぽつんぽつんと墓がある。墓地は、屋根付きのものがあったり、きれいなものが多かったのう。

ベトナムでの一番の目玉は、オケオの遺跡だ。ホーチミンから2時間ほど南に進むとメコン川の広大なデルタがある。そこにカントーという街がある。そこにオケオの遺跡がある。メコン川は、9つの支流に分かれて海に流れ込んでいる。その川に挟まれた三角州が、メコンダルテじゃ。1世紀から6世紀にわたって繁栄したとされる扶南(ふなん)王国の港がオケオとされておる。このオケオ文明は、古代のインドの言葉を用いており、仏教やヒンドゥー教を奉じており工芸技術はインドの影響が大きかった。それと漢(中国)の関係を示すものとして、鏡などの破片が発掘されている。そして、ローマ皇帝の名前や肖像が刻まれた金製のメダルなども見つかっている。つまり、このオケオ文明は、インド、中国をはじめ遠くはローマとの交渉を示すものであり、当時の東南アジアにおける重要な貿易港であったことはまちがいないんじゃ。まあ、この川を実際に目前にするとその大きさに驚くんじゃが、川を進む多くの船を見るとまさに内陸部との物資の運搬や生活の重要な役割を果たしていることがよくわかる。朝の水上市場に行くと、大小の船がそれぞれの商売をしている。卸問屋のような大きめの船には、マストのように立てられた竹竿にスイカとか南瓜とかマンゴなどが、くくりつけられており、それを見て小売りしている商売人が買い付けにゆく。遠くからでも、その船が何を売っているのかわかるようになっている。また、観光客を乗せた船も2人乗りから20〜30人乗りまで、大小の船が往来している。その中をコーヒーやフォー(米粉の麺)、果物などを売りに来る小船が縫うようにしてすいすいと移動している。フォーは、なかなかうまいのう。

この土地は、メコン川下流域にある。つまりは、最低でも年に1回は洪水にみまわれた。それによって埋もれた財宝は、今から80年ほど前に現地調査で金製品が発見されたことにより、盗掘が盛んに行われ貴重な遺物が大量に出土した。それらの一部は、博物館に収蔵されているが、まだまだこれからだという感は否めなかったのう。展示されているお釈迦様の像は、ガンダーラ調、インド調、中国調、日本調と多彩でなんだか不思議な感じで、いろんな文化が混ざり合って今を成しているのだなと、この発展途上の国になんだか熱いものを感じたのう。

共産党がにらみをきかせているということで、教育はかなりかたよっているということじゃが、子ども達は、いきいきとしている。学校では、できの良い生徒には、赤いネクタイをつけさせているということじゃが、ほとんどの子ども達の首には、赤いネクタイが巻かれていた。元気に走り回っている子ども達の未来はきっと明るいに違いないのう。