【第百九十三話】 自殺

法寿院 水崎圭二

小生は、僧侶だから導師として葬儀を執行する。じゃが、若い方の葬儀ほど悲しく辛いものはない。松山の16歳のアイドルの女の子が、自殺した。どんな理由があれ、若くして自らの命を絶つなんてことは、決してあってはいけない。いや、老若を分かたず自殺なんてことは、絶対にだめじゃ!

先日、亡くなった、樹木希林さんが、9月1日に自殺する子どもたちが多いことを悲しんで、こんなことを言っている。「9月1日がイヤだなって思ったら、自殺するより、もうちょっとだけ待っていてほしいの。そして、世の中をこう、じっと見ててほしいのね。あなたを必要としてくれる人や物が見つかるから。だって、世の中に必要のない人間なんていないんだから。私みたいに歳をとれば、ガンとか脳卒中とか、死ぬ理由はいっぱいあるから。無理して、今死ななくていいじゃない。」そのあとの一言が実に希林さんらしい。「だからさ、それまでずっと居てよ、フラフラとさ。」

自殺の原因は、人それぞれじゃが、統計上では、1番が病気、2番が金銭問題、そして、家庭、職場の人間関係と続く。日本に於いては、過去に、一日に100人近い自殺者がでたこともある。今でも、減ったとはいえ、1日に50人以上の人が、自殺によって自ら命を絶っている。40〜50歳代が多くて、女性より男性の方が率が高い。

宗教的には、キリスト教では、神に対する反逆として、自殺は悪とされている。イスラム教においても、完全なる禁止となっている。では、仏教では、自殺をどうとらえているかというと、こういう話しがある。あるとき、お釈迦様がガンジス川に身投げをしようとする20歳くらいの女性を止めて話を聞くと結婚もしていないのに子どもができて、親兄弟に責められ、相手の男も結婚もしてくれない。この苦しみから逃れるために死ぬ覚悟を決めたという。「ある所に毎日重荷引いて、山坂を越えなければいけない牛がいた。牛は、この車さえなければ、重荷を引くこともないだろうと思い、岩にぶつけて壊してしまった。しばらくは、引かされることもなく、気楽に過ごしていたのだか、新しい鉄製の車ができてきた。前の車よりもはるかに重たいものだった。牛は、馬鹿なことをした、もとの車の方が、よっぽどましだった、と深く後悔した。今、そなたの身の上もちょうどこの牛と同じである。恋人に捨てられ、親兄弟に責められ、死んでしまったら、それは、車を壊したようなものだ。未来はそれよりも、もっと恐ろしい火の車があるから、そのとき後悔しても、もう二度と人間に戻ることはできないのだ。」お釈迦様のこの言葉に女性は仏教徒として幸せになったとお経に説かれている 。お釈迦様は、「自殺ほど愚かなことはない。」説く。自殺者は「飛んで日にいる夏の虫」だと説くのじゃ。それは、無知が故の悲劇だからじゃ。真っ赤に焼けた火箸を平気で握ってしまう赤ちゃんのようなもので、仏教教団に集まって教えの実践し励まし合って、助け合うということは、自殺しそうな人々を救い続けてきたということかもしれぬのう。