【第百九十五話】 亥歳ですなぁ・・・

法寿院 水崎圭二

亥(いのしし)は、十二支の12番目。亥の刻とは、夜の10時のこと。方位では、北北西をさす。

「猪(い)の獣(しし)」で、いのししという。「い」とは、鳴き声を表したもので、「ウィ」と発音する。「しし」というのは、元々は「肉」という意で、それが、「食用にする獣」に転じて獣一般を指すようになった。つまりは、ウィと鳴く食用動物が、猪ということじゃ。干支で表す「亥」も(い)と発音するのも、これからきている。

十二支のビリである猪、こんな話しがある。十二支というのは、お釈迦様のもとに新年の挨拶に来た順番に割り当てたもので、人々が覚えやすいように動物にしたものといわれている。猪突猛進と言われるように、前後のことを考えずに、がむしゃらに突き進むこの猪、誰よりも早くお釈迦様の元にたどり着いたんじゃ。しかし、止まることができずに通り過ぎてしもうた。あわてて、引き返したんじゃが、時すでに遅く、11匹が到着していてビリになってしまったというもの。猪武者というようにそのものしか見えなくなってしまう、ちょっとうっかり屋さんの猪じゃな。ちなみに、13番目が、イタチじゃったそうな。お釈迦様は、イタチをかわいそうに思って毎月の最初の日を「つイタチ」と呼ぶようにしたそうな。まぁ、他にも鹿や蛙であったという逸話もあるから、おもしろおかしい話しのひとつじゃな。

中国では、猪は一般的に「ブタ」を指し、いのししは、「野猪」と書く。猪も七年目には豚になるということわざは、長い年月をかければどのようなものでも変化するということ。豚を抱いて臭気を忘るとは、自分の欠点や醜さは自分ではなかなか気付かないものたとえ。豚はくさいものだけど、いつも一緒に居れば匂いも気にならない。馴染みては猪の子も可愛というようにどのようなものでも近くにいて慣れ親しむと情が移ってかわいく思えるもんじゃ。なにか事が起こってあわてて対策を講じることを猪(しし)見て矢を引くという。まあ、そんなときは山より大きな猪は出ぬというもんじゃ。心の動揺はなんでもおおげさに考えてしまうからのう。猪の掘ったようとか猪の火桶とか、ぼこぼこに乱れたさまをいうようじゃが、最近では、ミニ豚などのペットを飼っている人も多く、聞いてみるととても清潔で従順でやさしいという。

古くから猪は、猛々しい荒ぶる神のような存在であった。旧暦の十月の亥の日には、豊作を祝い子ども達が、わらで鎚を作り地面を叩き家々を回り子宝繁昌・子孫繁栄を願い、亥の子餅を食し健康を祈願した。い〜のこ♪いのこ〜♪。今でも、子ども達が回って来ますぞな。

今年は、ししの居食いのように働かないで座して徒食することなく、またしし猿を追うように無駄なことに毎日を過ごすことなく、お酒もお猪口でちびちびとくらいに抑えて、おだやかに一年になりますようにと、願うばかりじゃのう・・・