【第百九十七話】 安養寺・今月の一言特集@

法寿院 水崎圭二

瀬戸内海の松山沖に二神島という小島がある。そこに安養寺という寺があり、縁あってそこの住職を兼務することになり十年が経った。安養寺の伝言板の一言は、平成十九年九月より始まった。平成の代も三十一年で終わり、次の代が始まる。この十一年間の一言をまとめてみた。

平成十九年九月

 近くして見がたきは我が心なり   弘法大師

 夫れ仏法 遙かに非ず 心中にして即ち近し  弘法大師

 どうにもならないことは 忘れることが幸福だ  ドイツの諺

 去年今年貫く棒の如きもの  高浜虚子

平成二十年

 今日 只今 このときにおてんとさまに感謝

 深いようで浅いのは知恵 浅いようで深いのは欲

 如何なるか これ道 平常心 これ道なり

 つまづいたっていいじゃないか人間だもの  相田みつを

 受けた恩は忘れない 施した恩は語らない

 「資源」ではなく「恩恵」です。感謝して使わせていただくのです。ありがたく

 「してやった」は地獄 「していただいた」は極楽

 ご先祖さまが年に一度のお里帰り 家族そろってのおもてなし

 目は高く 頭は低く 心は広く 気は長く

 その日一日一日の平穏を喜び掌を合わす 合掌は花のつぼみ 合掌の人生に花ひらく

 前を向いて歩こうよ 涙がこぼれても いいじゃないか

 死とは「逝く」ものではなく 「還る」ものなのです

平成二十一年

 何となく今年はよい事あるごとし 元日の朝 晴れて風なし  石川啄木

 先祖の成仏を願う その思いが私たちを幸せに導くのです

 その他大勢でよい。自分の人生を生きればいいのです

 幸せは いつも 自分のこころがきめる  相田みつを

 必ず死ぬことを「必死」という。みんな必死に生きている

 人の短をいう事なかれ 己が長をとく事なかれ

 小さいこと積み重ねることが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思ってい ます。  イチロー

 新緑もいいが 紅葉もいい 芽吹きもいいが 落ち葉もいい あるがままに

 きびしい人よ 人より自分に やさしい人よ 自分より人に